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苦しくない内視鏡・あイのない生活1年目

Stomach
04 /30 2018
1998年2月26日、昨日の初診からたくさんの検査が待っていました。

朝9時から超音波、10時から内視鏡の検査のため絶食。
駅まで徒歩1分&電車2駅で、病院には30分位で着きましたが、
朝食抜きなので、少し元気がありません。

子供の頃からの痩せの大食い、いつも朝は御飯二膳は当たり前、
今だったら大食いクイーンかも。

フライトでどんなに早朝でも朝御飯は食べるし、
夜中出発の時でも何か用意していてしっかり食べる!
一度朝食を抜いて出勤したら、車の中で具合が悪くなってしまい、
以来、出勤前には必ず何かつまむようにしました。

造影剤を入れての内視鏡検査は初めて、
しっかり食べても具合が悪くなりそうな検査名だけれど、
お腹が空いている事の方が気になり、早く終わってとばかり祈っていました。

超音波検査でお会いした先生は昨日より表情も優しく、
この検査では特に所見はないと教えてくれました。

胃の動きを止める筋肉注射+のどの麻酔、
ここまでは2年前と先週、既に2回経験しているので落ち着いていられましたが
「鎮静剤の注射ナシ」で検査が始まりました、大丈夫かな。

身体も緊張していたらしく、ウェーっとなってしまい
看護婦さんが背中に優しく手を置いて、
「首の力を抜いてみて」と教えてくれました。

え?首の力を抜く?

どうやって?
首の力を抜く、首の力を抜く、、、

出来た!
横になって、首の天井側を意識してみて力を抜く。

苦しくない!
びっくり、鎮静剤もないのに、シラフなのに!?苦しくない。

涙はちょちょ切れているのに、あんまり苦しくない。
首の緊張が取れると、喉や食道周りの筋肉も素直になるようです。

以来、胃の検査を受ける時は
「首の力を抜く」
首の力を抜くと、楽に検査が受けられると皆に教えています。

手術後も数回受けた内視鏡は、首の力を抜くイメージトレーニングしておき、
うぇーっとなった事はありません。
もちろん大嫌いな検査ですが、少しは気楽に受ける事ができます。

「これで見つかったら手術しなくちゃダメだからね」
先生は私に希望を持たせてくれるようです。
内視鏡の管が口からなくなると、終わった開放感があり、
是非、手術をお願いします、という気持ちになれました。
こうやって、ひとつずつ乗り越えて行くのですね。

検査後は一時間ほど別室で休んで帰宅するのですが、
カーテンの掛かった暗い部屋で、なかなか寝付けませんでした。
何で今ここにいるのか、不思議で仕方ありませんでした。

私はきっとこの病院に入院する事になるんだ、、、
いつの間にか、パジャマ姿で病院のベッドに寝ている姿が目に浮かびました。
白い襟に水色のストライプのパジャマを着ています。
ハッとしました、いつか夢で見たのか、
想像していたそのままの姿の私がいる、
ああ若いのに気の毒に、と言う知り合いの声まで聞こえ...
ずっと心の中にあった事を思い出したようでした。

もし入院するなら、おじいちゃんと同じ病棟になるのかな、
同じ胃だからね、
なんて考えていました。

その後2回目の入院では、本当に祖父と同じ部屋、
祖父が私とネコの写真を飾っていたのと同じベッドに入院しました。

嘘のような話で気持ち悪いですが、薬の影響もなく、眠ってもいません。
あらスピリチュアルな世界に目覚めたのかしら?
昔から占いとか不思議系の話はどうも苦手で、
全く信じないで、馬鹿にしていたところがありました。

でも遠足の前の日は遅刻しそうな夢を見たり、
死んだご先祖様が夢枕に立ったり、よくある話。
睡眠中に見る夢は不思議でもなんでもないのだから、
未来の自分を見るなんて、想像するなんて、夢と同じ、
祖父を思い出す事と同じ位に自然な事なのではないでしょうか。

手術して麻酔から覚めたら、何か変わるかも...
麻酔よりも自然で、逞しい想像力も身に付くかも...
目に見えない世界も悪いだけではないようだし、
苦手だと思う事も、乗り越える力になってくれそうです。

固執した思い込みは身体にも良くないしね~
なんてその日は沢山学んで、大人になった気がしました。

何でもよく噛んで食べましょう♪


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今年のGWはよく晴れています + そして風が強い


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ガン患者らしさって・あイのない生活1年目

Stomach
04 /29 2018
大きな癌専門病院は、祖父が胃癌で入院し亡くなった病院でした。
祖父は病院の近隣に住んでいたため、
私は子供の頃から、その病院の存在は知っていたし、
祖父の見舞いで何度か訪れた事のある病院でした。
でも、どうも名前が良くない。
出来ればお世話になりたくない名前なのは確かでした。

今そこに私がいる...もちろん外来は初めて。
正面玄関受付からボランティアの人がたくさんいるし、
患者さんも多いが、年齢層は高めなようです。
若い人、30歳以下位の人はほとんどいません。

暗~い病院なんじゃないかなあ、という私の偏見は覆されました。
診察を待つ外来患者さんの顔は、きわめて柔和でした。
皆、大病をして、何か悟ってでもいるのか
落ち着いていて、病人に見えないし、
きちんと身なりを整えて、意外に姿勢がイイ。

この病院に来る人は、病人らしく振舞いたくない!
と言う人が多いそうで、
いつもしない化粧をしてくる、とか
電車にも乗るから新しい服を買ってきた、とか
病院の帰りにはお気に入りの店に寄る、とか
後で入院仲間のお姉様方と「患者心の分析」をしました。

待合室では、周りからジロジロ見られている気がしました。
私がオロオロしているせいか、
私が若いせいか、気の毒にでも思ってくれているのか。
自意識過剰な私はファッション雑誌だけを見て、
きれいな夢の世界だけを見ていようと思いました。

診察に入いり、先生に挨拶をして
クリニックから渡された写真と書類をお渡ししても、
先生は私に一瞥してすぐ書類に見入り、
しーんとした時間が続きました。

実は紹介状が少し覗けて、「やはり×××でした」と
読めてしまいました。
×××の部分が英語かドイツ語か、わかりません。
やはり、ということはイコールつまり、です。
この先生の口からどんな言葉が出てくるのか、
とても長く待たされた感じがしました。

「はっきり言っちゃって良いのかな」
何だ、先生ったら本当に若いお話の仕方をされるのね。

「かなり高い確率でガンの疑いがあります」
硬直した身体がガクガク動き出しましたが、
どもらず、きちんと「はい」と返事をする事が出来ました。

今日すぐに入院予約の手続きをして、
今日明日とたくさんの検査をする事になりました。
「まだね、精密検査をしないとガンかどうかわからないからね。
もし違ったら入院は取り消しだからね」
そう願いたいところでしたが、
それも先生の精一杯の優しい慰めの言葉でしょうか。

検査にはボランティアの方の付き添いの申し出がありましたが、
「ありがとうございます。ひとりで回れます」と
丁重にお断りして、頂いた案内通りに順に検査室を回りました。

若いのだから、全部自分で段取り良くこなさなくてはね。
妙につっぱっていました、
可哀想どころか可愛くな~い。
ガン患者らしく?!大人しく?!振舞えば良いのか、
若いから、周りの人のように大人でないもの。
もう30歳を過ぎて、昔なら立派な大人なのにね。

家族に経過を伝えるのが辛かった、です。
迷わず病院に行けたよ~とは言えるけれど
大丈夫だった~とは言えないのが辛かった、です。

翌日はまた内視鏡、イヤだな。
ああ、また絶食。

何でもよく噛んで食べましょう♪


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初夏のようなGW 額縁も爽やかな色に模様替え

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何で私が?なんて思わなかったけれど・あイのない生活1年目

Stomach
04 /28 2018
クリニックでの検査から数日、癌専門病院から電話がありました。
診察と検査の予約が入ったから、2月25日に来院するように、と。

又、クリニックからも電話があり、
この間の検査画像と紹介状を用意したから取りに来るように、と。

クリニックでは診察室に入る事なく書類一式を頂いて、
癌専門病院へ指定の日に検査に行きました。
クリニック側から既に予約を入れて下さり、
嬉しい驚きと、そんなに急を要する症状なのかと不安も感じました。

病院という緊張感で本に集中できそうもないので、
ファッション雑誌を持ち込みました。
当時読み始めた病気関係の普通の活字より、
写真やイラストたっぷりで、軽~く読める雑誌を眺めて
少しでも明るい気持ちでいたいと思いました。

ちょうどその雑誌に、会社の同期が読者モデルとして載っていました。
K子ちゃんだ♪いつもおしゃれで周りを楽しませてくれるK子ちゃん♪

とにかくまぶしい♪
素敵なお洋服を着て、きれいで、幸せそうで羨ましい♪
何より健康そうで心配事がなさそうで羨ましい、、、

ふと我に帰ると、ここは病院。
今まさに大きな病気の宣告を受けようとしている。
これから遠くない未来には、人生も終わるかもしれない。
もうこの先、入院したまま苦しんだままかもしれない。

急に悲しくなって、怖くなって
雑誌に出ている人達を羨ましく思う自分が、惨めになりました。

私だっておしゃれして、きれいでいたい。
いえおしゃれでなくなって、きれいでなくたって
せめてあと10年は生きていたい、
できればおばあさんにだってなりたい。

何で私が、何も悪い事はしていないのに、何で何で
とは思いませんでしたが、
自分が不憫で可哀想に思えました。
そしてそんな私の家族は、もっと可哀想に思えました。

もともと自分の容姿にはコンプレックスがありましたが、
おめでたい性格ゆえ、幸い性格までは大きく歪んでいませんでした。
それなのに、今のこんな歪んだ心の私では家族はもっと可哀想です。

もといっ!
たとえ可哀想でも、それほど可哀想でもないようにすれば良いのだ。

たとえ癌患者になっても、可哀想に思われないように、
自分を可哀想と思わないようにしなくちゃ!と焦りました。

それにK子ちゃんみたいに、おしゃれしていたら楽しいし
元気になって雑誌に載れる位、オシャレを楽しもう♪
まずフライトに復帰して、家族を安心させなきゃね。
もう必死です、
読んだばかりの本の影響か、ポジティブに!前向きに!
と何でもそう考えようと必死でした。
ポジティブに前向きに考えていたら、可哀想には見えないでしょう。

ファッション雑誌を持ち込んで良かったあ。
ポジティブシンキングの本は、ファッション雑誌でも
紹介されていたものね。

単純な私...まだ病名も治療も決まっていないのに。

何でもよく噛んで食べましょう♪

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GWの始まりは夏日 額縁も涼しげに衣替え

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どうやら胃癌みたい・あイのない生活1年目

Stomach
04 /26 2018
1998年2月、近所のクリニックで胃の内視鏡検査を受けました。
鎮静剤の注射を受け、眠りから覚めると検査が終わっていました。

「産業医の先生が急いだ理由がわかりました。
癌専門病院を紹介しますので、精密検査を受けて下さい」

癌専門?やはりそうなのか、、、
先生の柔らかいお声でも、とても響きの悪い単語でした。

「癌専門病院だからといって、癌と決まった訳ではないですからね。
専門の先生が多いから、しっかり検査してもらいましょう。」

間違いない、そうなんだ、疑いがあるんだ、
癌という主語を付けたくないけれど、ほぼ主語は確定なのでしょう。

自宅に戻ると、急いでテレビを点けました。
長野オリンピック、男子スキージャンプの団体戦の真っ最中です。
今朝クリニックに行く前、検査はイヤだなあ、
でも帰ってきたら、ちょうど団体戦が観られる時間だから
楽しみにして検査を頑張ろう!と怖さを抑えていました。

あの優勝の感動は、誰も忘れる事ができないでしょう。
さすが日の丸ニッポン、さすが日の丸飛行隊です。
感動の涙に紛れさせて涙も流せて、救われたのは間違いありません。

どうやって両親と夫に報告したのか、実は覚えていません。
実際に報告したのか、説明した内容も覚えていません。

それよりも、検査のために今朝から絶食していたので
とにかくお腹が空いて、用意していたスープが美味しく感じました。
味もわからないかと思いきや、食欲が満たされてホッと満足。
金メダルの感動が何度も何度も放送され、
その度に涙を流しながら、水分を口にして自分を安心させていました。

結果で動揺していたのにも関わらず、
翌日には会社でもらった胃薬のお蔭で胃の調子が良く、
食欲が復活しました。
昨日は検査の後だったので、消化の良いものしか食べられず、
今日はその反動で、たくさん食べようと朝から色々と作りました。

料理は得意ではありませんが、仕事で外食が多いので
休みの日はほとんど自宅で手作りの食事をしていました。
フライトで数日間家を空けると、食材が傷んでしまう事もあるため、
いつも使い切れる材料で作ったり保存したり、、、
そんな事ばかり考えて、ゆっくり手の込んだ料理をした事がないな。

当時、夫は勤務先の寮に入り別居していたため
夫が帰宅する日に向けて、ちょっと豪華な食卓を作る事にしました。

当時は情報源はもっぱら本で、数回の立ち読みの後
心が病気から立ち直れそうな本をいくつか選んできました。
そして美味しい物もいっぱい作って食べよう、食べに行こう。

夢中になれる何かがあるって有難い、
ホッとできる瞬間があるって有難い、
目を逸らして、考えないで、逃げる事が出来る。

でも、夢中になれるものがあったから、
ホッとできる瞬間があったから、
目を逸らしても見えてきちゃったし、
考えないようにしていても考えちゃったし、
逃げる事は決して出来そうにないと気付きました。

それならば反対に考えてみよう、
癌かもしれない現実は、今までの生活にはなかった現実だから、
癌患者としての生活と人生をちょっと想像してみれば、
もしかしたら悪い事の裏に良い事も少しくらい見つかるかもしれない。

時差もないフライトもない生活になると、すこぶる体調が良い。
数年ぶりに朝が来て夜が来て、規則正しい生活が出来て、
考えようによっては、私の本来の健康な身体を取り戻すチャンスかも
それにまだ癌って決まった訳ではないしね、、、

癌でありませんように、と祈りながら
怖くて怖くてヨロヨロしながら、
逃げたい自分を必死で押さえつけていました。

食べ物はよく噛んで食べましょう

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季節の野菜のポタージュはお腹にもやさしい マーレドチャヤにて


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胃癌 見つかったきっかけは?あイのない生活1年目

Stomach
04 /25 2018
どうやって胃癌が見つかったの?
何か症状があったの?

よく聞かれました。

答えはズバリ、胃が痛かったから。

1998年2月に病名が出るまで、過去3年位、胃の痛みや不快感を感じていました。

1996年に初めて胃の内視鏡の検査を受けて、出血の跡がある事がわかり、
胃薬を処方され、一年に一度の検査を勧められました。

翌1997年は、検査を受けませんでした。
検査は嫌だし仕事も忙しいし、と理由を付けて検査を避けていました。

そんな中、1998年2月、会社の健康管理室・整形外科を受診しました。

ここ1年、膝に水が溜まり痛みが強く、
市内の整形外科で水を抜いてもらったり、
整体で股関節を矯正してもらったりしていました。

膝の水を抜くとしばらくは楽なのですが、
数日で水は溜まり、痛みがぶり返して仕事にも支障がありました。

例えば、食事カートの下段から食事トレイを取り出す時、
座席下の忘れ物を確認する時、
非常用の機器の搭載状態を確認する時、など
飛行機内での仕事は、しゃがむ姿勢も多くて膝に負担が掛かり、
長時間のフライトの後では、歩くのもかなり辛くなっていました。

なかなか治らないので、しっかり治そうと思い
産業医に相談する事にしました。

産業医「痛みが我慢出来ない時のために、痛み止めを出しておきましょう」
hinomaruko「薬は出来れば飲みたくないです。胃が痛くなるから」
産業医「それならついでに内科の先生にも診てもらいなさい」

そのまま内科を受診して、どう胃が痛いか説明しました。
「胃も痛いのですが、最近この辺りまで痛むんです」
背中の右上の辺りを指しました。

先生と看護婦さんの顔色が変わり、
「hinomarukoさん、すぐに内視鏡の検査を受けて。
明日からのフライトはキャンセルしましょう」
乗務員のスケジュールを管理するコンピューターの画面から、
私の明日からのフライトスケジュールが消えました。
 
「何か悪いものがあるっていうわけじゃなくて、
胃に潰瘍があると、飛行中に出血する可能性があるから」
と気遣って下さいました、
確かに聞いた事があります。

会社の健康相談室には内視鏡検査室もありますが、
1ヵ月先まで予約がうまっていました。
「緊急で予約を入れても一週間は先になってしまう、
取り敢えず予約を押さえましょう。
近くの病院を当たって、とにかく急いで検査を受けて」

これは只事ではない、膝の痛みも忘れてしまう程でした。
もしかして、、、

幸い近所に内視鏡検査をしてくれるクリニックがあり、
翌日受診し、翌々日には検査を受ける事が出来ました。

そこで疑わしいのものが見つかり、
癌専門病院を紹介される事になりました。

どこか普通でないと感じながらも検査を受けずにいましたが、
全く別の方面から見つかり、治療に入る事ができました。

入院仲間の一人は、犬の散歩で骨折してしまい、
レントゲンに写って見つかりました。
家族健診で見つかった人もいます。
数年も痛みを我慢していた人もいます。

怖いから嫌だから、
そんな事を言って検査を遠ざけていてはいけませんね。

痛かったから見つかった、けれど

本当は、痛かったけれど見つけようとしなかった、、、
怖くてどうしようもなかったのです。

胃はあってもなくても、何でもよく噛んで食べましょう。

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春なのに...春はすぐそこ...梅もミモザも愛らしい如月

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あイのない生活 20年目の真実

Stomach あイのない生活の説明
04 /23 2018
1998年3月に胃の全摘出手術を受けて、この3月で20年経ちました。

特に手術前、何人かの人に胃はなくても生きていけると励まされ、
本当かなと疑いを持ちつつも、本当に20年生きてこられました。

手術時に同時に脾臓も取り、
翌年には急性胆のう炎で胆嚢も取り、
食生活で気を付けなければならない事が増えました。

2018年現在51歳、順調?!に老化してます。
白髪は少なめでも抜け毛と抜け毛が増え、
5年位前から老眼に悩み始め、
最近閉経した模様で、更年期症状が少しあるかなあ、
見た目は痩せた普通のおばちゃんです。

術後20年目の食生活も順調です。
黙っていれば、上品な?!ゆっくりした食べ方をする只の小食な人です。

数年前までは、小食だから痩せているのね、と言われると
時には泣きそうな位、いちいち反応していましたが、
今は「子供の頃から痩せの大食いですわ」とサラッと返せるようになりました。

そう、食べるのは遅いままです、早食いは失敗の素です。
食べるのが早い、と感じたら遅くするようにします。
ちょっと急ぐと空気を一緒に飲み込むのか、お腹いっぱいになったり
苦しく詰まった感じになります。

度が過ぎると、手術の時の食道と小腸のつなぎ目辺り?!が
引っ張られるように痛く、その部分が痙攣しているのか、
生唾が出て20~30分間痛みで動けません。
身体を起こしていても、横になっても治りません、横の方が少し楽かな。
只ひたすら苦しみに耐え、我慢するだけ。

でも背中の上部、特に右上部をさすってもらうと少し楽になります。
さすってくれる家族がいない時は、自分で触れていると少し楽です。
胃癌が疑われる時の、背中の痛い部分です。

肩周りが硬いと、自分ではその部分に手が届きません。
だからという訳ではありませんが、
毎朝体操をして柔軟な身体を心掛けています。

食後ダンピング症状というのが最近は感じていませんでしたが、
たまたま受けた検査で食後低血糖になっている事がわかりました。
フラついたり、冷や汗をかいたり、イライラというかドキドキ感じたりします。
そんな症状があっても、何となく低血糖なのかなと自覚する程度で
強い症状は滅多に起こりません。

数年前までは、頭がクルクル回って思考が混乱する事があり
糖分を摂って落ち着かせたりしましたが、
最近はそういった事がすっかりなくなりました。

術後2年後には難しかった、例えば結婚式で出されるフランス料理のフルコース等
今はゆーっくり、じーっくり堪能させてもらっています。
隣りの席の人に、ちょっと多いから手伝って~と
お願いする事もほとんどなくなりました。

もともと大食いでしたから、頭はもっと食べたがりますが我慢しています。
食材の味を噛みしめる事を知らなかったようです。
ゆっくりよく噛んで食べるって最高です、旨味が引き出されます。
よく噛まなければわからない味をはあります、
知っているのは特権かもしれません。

あイのない生活20年目でした。

胃があってもなくても、食べ物はよく噛んで食べましょう。

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春の庭のよう えんどう豆がとりわけ春らしい


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乳房再建 同時にできて良かった

Breast
04 /21 2018
2009年
退院後も胸は痛重く、痛苦しく、あぉ~ぐるじい~
我慢できないわけではないけれど、普通ではない違和感がありました。
物理的な痛みは日に日に和らいでいるのに、心でため息をついていました。

返品がきかないのはわかっていながら、でも何とか返品?!しようと
皮膚拡張器のバッグを外してもらうべく、
何とか他に良い方法はないかと、
毎日本を読んだり、インターネット検索を続けていました。

仕事はインプラントへの入れ替えが終わるまで休む事にしました。
手術後1ヵ月位で、日頃の動きも体力もほぼ戻った感じでしたが、
患部に何か当たったら、ものすごく痛そうだし、
何よりバッグの違和感が強く、痛みより引っ張った感じが不快でした。
気付くと鞄を右側の肩にかけ、右胸を隠すように歩いていました。
食料品の買物など重い物を持つのは平気でした。

ほぼ毎月、バッグに生理食塩水を足しに通院しました。
足す量が多いと皮膚が伸びすぎて苦しいので、
通院したては帰宅後に横になって休んだりしました。
量の調整は簡単ではありませんでした。

特に私はこのバッグ、この異物に不満を感じていたため、
どうしたら外す事ができるか、インプラントに交換する手術の前までに
どう先生に告げるか、診察の度に独り勝手に苦しんでいました。

ある日インターネットで、自分の身体から取り出した脂肪を人工的に増やし、
胸に注入する方法を見つけ、その病院から資料を送ってもらいました。
これなら異物ではないから、あっても良いのではないかと。

その資料を持って定期診察に行き、思いきって先生に話しました。
乳腺科の先生も、形成外科の先生も、専門看護師さんも同席されていました。
形成外科の先生はもちろんその治療法はご存知で、
知り合いの先生だから治療の際は私も立ち会える、とお話し下さいました。

が!「ちょっと待って、、、
hinomarukoさん!残念ながら、脂肪が全然足りないわ。」
とにかく体脂肪が少なく、乳房を作るだけの脂肪を作る事が不可能なのだそう。

子供の頃から痩せの大食いで肥満になった事がなく、
胃もないから益々太れない、体脂肪が男子並みなのです。
納得しつつも、そんな事にも気付かず一人悶々と悩み続けた数ヶ月、、、
順調に交換手術を受けて、元気に職場復帰する事だけを考えれば良かったのに。

診察の後、専門看護師さんが
「ずっと悩んでいたんだね」と声を掛けてくれて
やはり早く相談に乗ってもらえば良かったと、泣きそうになりました。
でも、ここで又、すっきりさっぱりとした気分になり、
ヨシ、この胸で生きていこう!と心に決めました。

何という気の変わりよう、おめでたい。
その日を境に、復帰して元気にフライトしている自分を
イメージして生活するようになりました。
目標が出来て背筋まで伸びて、胸の痛みも随分軽減されました。
交換手術まであと2ヶ月という頃でした。
11月、関西の紅葉はきれいです。
自宅の周りの紅葉狩りも、例年になくじっくり堪能できそうです。

乳癌は自分で見つけられます。
まずは自己検診してみましょう。


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当時の自宅からの景色♪ 晴れた日はまるで嵐山の渡月橋のよう

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右乳房全摘出手術

Breast
04 /17 2018
2009年6月
病名がわかって約1ヵ月後、右乳房全摘出手術を受けました。

私の入院した病院は、乳腺科に乳癌のリエゾンナースという
専門看護師さんがいました。
医師と患者との橋渡しをしてくれる、特別な免許がある看護師さんです。
男性の先生に話しづらい事など、何でも相談に乗ってもらえました。
世界中どこでも看護師さんは優しいですが、関西のここの看護師さんは
輪を掛けて優しくて、明るいひまわりのような方ばかりでした。

入院患者の食事は、ホールに集まり全員で食べるため
自然と患者同士が仲良くなり、毎日にぎやかでした。

ある日、オシャレな雰囲気のおばあさんに、
何号室の男の人が、乳癌で手術を受けたと聞きました。
恥ずかしながら、男性にも乳癌がある事を知りました。

他の科の患者さんもいるし、乳癌治療中でも色々な過程の人がいました。
手術前後の人、化学療法中だけでも具合の悪い人悪くない人、、、
それでも女の人はおしゃべり好きで、人生相談会のような毎日でした。
お見舞いに来る家族の方とも一緒だったり。

母親を亡くしてから誰にも相談できなくて、胸の異変に気付いても
怖くて病院にいけなかった、
代替療法のようなものに手を出して、手術を拒んでいた、
子供にはおっぱいが見せられないとか、毎日色々な話を聞きました。

よく耳にしたのは、もっと早く検査を受けておけば良かった、
という言葉でした。
身近な心配事のために検査を受けていない人が多い事に愕然としました。
そして皆総じて若くて、自分以外の人のために生きている真っ只中の人が多い。

手術できただけええやん、と言われた時、
どうして摘出手術以上の再建なんて贅沢を選んだのだろう、
ましてや豊胸してコンプレックスともお別れしようなんて、
軽率な事を考えたのだろう、
入院生活が長くなる程、再建して大きくなった胸を見て落ち込んでいきました。

生理食塩水入りのバッグが入った右胸は、傷も痛くて皮膚が伸びて苦しくて、
でもそれ以上に、バッグが私の見栄の塊のようで、
胸に抱えているのがどんどん苦しくなっていました。
なぜか専門看護師さんにも話せませんでした。

傷の治りが遅く、入院は2週間近くになりましたが、
スタッフの方や入院仲間のお蔭で、明るく気持ち良く退院できました。
乳癌の標準治療を最高の状態で受けられて、ラッキー以上に幸せです。

入院中は毎日、腕の上げ下げ運動などをしていたので、
退院後も日常生活に大きな支障はなく元の生活に戻る事が出来ました。
さあ早くフライトに復帰するぞ、そしてピンクリボン活動もしなきゃ、
と意気込んでいたのですが、、、
胸のバッグが異物だ、フェイクだ、
こんなものを一生身体にしまっておくなんて嫌だ、
と日に日に後悔の念が強くなっていきました。

自分で望んだものだったのに、
私の残りの人生を生き易くしてくれるための再建手術だったのに、
何を今更、、、じっくりよく考えて選ばなかったからかな、
単純なのです、
じっくりよく考えたはずです、後悔するかもとも考えたはずです。

ぺったんこの胸に戻ったって構わない、
異物をなんとかしたい、と思い色々と調べ始めました。

乳癌は自分で見つける事ができます。
自己検診してみましょう。

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ちょっと涙目な私のハート?! ロンドンで買った可愛いカード
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乳房再建は必要か

Breast
04 /16 2018
2009年6月
針生検の結果、私のステージは0期の非浸潤癌と診断されました。

同じステージだと、乳房温存を選ぶ人が多い中、
私の胸は石灰化していたものが散らばっていて、
有無を言わさず乳房全摘出手術が必要でした。

極めて納得。
治療は手術のみ、右わき腹にあるしこりも
ついでに取って調べてもらう事になりました。

乳房温存は出来ないけれど、と先生に言われましたが
躊躇なく全摘をお願いしました。

ファッションがイマイチ決まらないし、
手を上に揚げるとブラがずり上がるし、
とにかく女らしくない、、、
物心ついた頃からずっと、胸の小さい事がコンプレックスでした。
胸は女の人の象徴、女の人のシンボルだ、なんて
誰が言い始めたのでしょう、、、
古代から言われていますよね、ひねくれ者です。

手術して完全に胸が無くなったら、
母親に大きなパッドでも作ってもらい、ブラに忍び込ませれば、そのままで良いや
と投げやりな気持ちでいました。
治療が手術だけで済むのなら、それで充分だと。

後にも先にもお乳を与える必要のある子供もいないし、
人様に胸を見せる事を生業としていないし、、、
胸なんて要らない、
胸なんて無くたって生きて行ける、、、

完全にふてくされています、混乱していたのかしら。

でももし、例えばフライト中に上の棚の荷物の出し入れをする時に
パッドが落ちてきてしまったりしたら、それは困るな。

同時再建も出来ると、針生検の時に聞いていました。
乳癌摘出手術時に、ティッシュエキスパンダーという
バッグ状の皮膚拡張器を胸の筋肉の下に挿入して、数ヶ月掛けて皮膚を伸ばし、
再手術でシリコン製のインプラントに交換する方法です。
比較的身体に負担の少なく、写真で見るとなかなか自然な感じです。
お値段ひゃくまんえん。

そうだ、これ以上、胸がコンプレックスになっても困るから、
同時再建して、ついでに反対の健常な胸を豊胸してもらおう。

こうでも考えないと、前向きになれない気がしました。
何だかんだ言って、針生検の結果を聞くのが怖かったのです。
どんな治療になるのか、立ち向かって行かれるのか、、、

でも結果がわかると、さあどうしよう、
どうやって早く快復しようか、と先走ったようです。

後日、やはり豊胸手術は不要と先生に伝えました。
昼間はブラをした状態で過ごすのだから、
高さがあれば何の不都合もなく、今まで通りの生活も出来ます。
これでコンプレックスから少しは解消されるかも。

治療のために仕事は休む事になります。
3か月位で復帰しよう、そんな風に考えて病欠の申請をしました。

乳癌は自分で見つけられます。
まずは自己検診してみましょう。


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乳癌の先輩

Breast
04 /15 2018
マンモグラフィー、超音波、触診、MRI、細胞診の検査を受け、
悪性と結果が出ました。

その帰り道、はて困ったなあ、母になんて報告をしようか、、、
結果が悪くても大して動揺しませんでしたが、こちらは難儀だ。。。

母は53歳の時に乳癌の三大治療=手術、放射線療法、化学療法を受けました。
当時はハルステッド法で、大きく胸をえぐったように乳房を摘出しました。
10年経った頃に再発し治療を受け、今も定期検診を受けています。

娘の私が胃癌の時の、母の苦しみようは言葉にできませんが、
病名に負けるなと、一番力強く支えてくれたのが母でした。
病気がひとつあるくらいの方が、気を付けようとするから健康でいられるわよ、と励まされました。

胃の手術から10年経ち、
遠く離れて暮らす娘は何とか元気に暮らしているようだと、
やっと両親も安心してくれた頃だと思います。
それなのに又もや、両親を心配させてしまう事になってしまいました。

年をとった分、心配するだろうなあ、
そう考えると気が重い、、、
でも嘘をついたり隠す事ができそうにないので、早速、電話で報告しました。

やはり母は強かった、、、
頑張りなさい、応援するから!と、シンプルでストレートな励ましの言葉。
お母さんをご覧なさい、と、病名には負けていないのですよ。
益々、闘う気になってきました。

どういう治療をするのか、
インターネットのあるこの時代ゆえ色々と調べられるとして、
これから闘病する上で自分は何を頑張っていけば良いのか、
まず考える必要がありました。

ステージ等を調べる針生検の結果がわかるまでは、治療も決まらないので、
夫と両親以外にはまだ報告せず、普通を装い!?生活していました。
入院となると仕事は休まなければなりません、
今のうちに復帰後の元気な姿をイメージして!フライトしていました。

今やるべき事は、目の前の事を大切にする事、、、
以前の病から学んだように、
普通に生活していると前向きでいられた気がします。
もちろん忙しいと、じっくり考える余裕はないのですが。
忙しくて助かったかもしれません。

時間があれば、経験者の本を読んだり、インターネットで調べたりしました。
闘うための心と身体の体力作りです。
体験談はとても参考になりますが、悪い意味に捉えて読んでしまうかも。
どうしても自分と比べてしまいがちだという事を心得て読みました。
関係する本の数の多さに驚きました、先輩が多い病気です。

乳癌は自分で見つけられます。
まず自己検診しましょう。

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庭がないので my garden ・ 「The Garden 」by Joanne Issacさん

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hinomaruko

整理収納アドバイザー1級を持つ50代の元CA客室乗務員です。
31歳で胃全摘出するも、元気でフライトしていました。
43歳で右乳癌で休職中、早期退職しました。
まだ後遺症はあるけれど、元気にたくましく生活しています。