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人工乳房インプラント検診*子宮がん検診*Breast

Breast
09 /14 2018
年に一度、形成外科のクリニックで右乳房インプラントの定期検診を受けています。クリニックには、乳癌手術後の患者さんが多く集まっています。

ずれたり引きつったり押したりする感覚があるなど、体にとって異物であるインプラントは定期的に点検する必要ありますが、幸い私の状態は安定していて、乳房再建手術を受けて良かったと思っています。温泉に入る時は手で胸を隠せば、人の目も気にせずにいられます。ハルステッド法で胸周りも大きく切除した母も、大きく手を開いて胸を隠して平然としています。

2006年からは自家組織による乳房再建が保険適用になり、2013年からはシリコンインプラント等の人工乳房を埋め込む再建手術も保険が適用されて、ガンの手術後も今までのように、今まで以上により意欲的に生きていくために乳房再建手術を受ける人が増えてきました。

罹患する人が増えたので、早期発見早期治療の大切さが口伝で伝わるようにもなり、早期に治療すれば、上手く付き合っていける病気だと認知されるようにもなってきました。又「痛くない」マイクロ波を使った新しいガン検診方法のニュースもあり、将来は乳がんで亡くなる人も激減する事も期待できます↓
マイクロ波マンモグラフィ

病名も治療も確かに苦しいですが、その後の人生のために、通過点として治療を選択して、そこで一丁踏ん張っていきませんか。短くも長くも治療期間は、どうやって自分と向き合うかで、頑張り次第で考え方次第で、治療効果まで変わってくると思います。

手術後は乳房再建も選ぶ事もできます。怖がらずに面倒くさがらずに、検査を受けに行きませんか。まず、今日、今、自分でちょっと、おっぱいチェックしてみましょう♪
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今日は年に一度の子宮がん検診に行きます。
体部も検査するので、ちょっと気が重いけど頑張ってきます。

乳房再建 同時にできて良かった

Breast
04 /21 2018
2009年
退院後も胸は痛重く、痛苦しく、あぉ~ぐるじい~
我慢できないわけではないけれど、普通ではない違和感がありました。
物理的な痛みは日に日に和らいでいるのに、心でため息をついていました。

返品がきかないのはわかっていながら、でも何とか返品?!しようと
皮膚拡張器のバッグを外してもらうべく、
何とか他に良い方法はないかと、
毎日本を読んだり、インターネット検索を続けていました。

仕事はインプラントへの入れ替えが終わるまで休む事にしました。
手術後1ヵ月位で、日頃の動きも体力もほぼ戻った感じでしたが、
患部に何か当たったら、ものすごく痛そうだし、
何よりバッグの違和感が強く、痛みより引っ張った感じが不快でした。
気付くと鞄を右側の肩にかけ、右胸を隠すように歩いていました。
食料品の買物など重い物を持つのは平気でした。

ほぼ毎月、バッグに生理食塩水を足しに通院しました。
足す量が多いと皮膚が伸びすぎて苦しいので、
通院したては帰宅後に横になって休んだりしました。
量の調整は簡単ではありませんでした。

特に私はこのバッグ、この異物に不満を感じていたため、
どうしたら外す事ができるか、インプラントに交換する手術の前までに
どう先生に告げるか、診察の度に独り勝手に苦しんでいました。

ある日インターネットで、自分の身体から取り出した脂肪を人工的に増やし、
胸に注入する方法を見つけ、その病院から資料を送ってもらいました。
これなら異物ではないから、あっても良いのではないかと。

その資料を持って定期診察に行き、思いきって先生に話しました。
乳腺科の先生も、形成外科の先生も、専門看護師さんも同席されていました。
形成外科の先生はもちろんその治療法はご存知で、
知り合いの先生だから治療の際は私も立ち会える、とお話し下さいました。

が!「ちょっと待って、、、
hinomarukoさん!残念ながら、脂肪が全然足りないわ。」
とにかく体脂肪が少なく、乳房を作るだけの脂肪を作る事が不可能なのだそう。

子供の頃から痩せの大食いで肥満になった事がなく、
胃もないから益々太れない、体脂肪が男子並みなのです。
納得しつつも、そんな事にも気付かず一人悶々と悩み続けた数ヶ月、、、
順調に交換手術を受けて、元気に職場復帰する事だけを考えれば良かったのに。

診察の後、専門看護師さんが
「ずっと悩んでいたんだね」と声を掛けてくれて
やはり早く相談に乗ってもらえば良かったと、泣きそうになりました。
でも、ここで又、すっきりさっぱりとした気分になり、
ヨシ、この胸で生きていこう!と心に決めました。

何という気の変わりよう、おめでたい。
その日を境に、復帰して元気にフライトしている自分を
イメージして生活するようになりました。
目標が出来て背筋まで伸びて、胸の痛みも随分軽減されました。
交換手術まであと2ヶ月という頃でした。
11月、関西の紅葉はきれいです。
自宅の周りの紅葉狩りも、例年になくじっくり堪能できそうです。

乳癌は自分で見つけられます。
まずは自己検診してみましょう。


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当時の自宅からの景色♪ 晴れた日はまるで嵐山の渡月橋のよう

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右乳房全摘出手術

Breast
04 /17 2018
2009年6月
病名がわかって約1ヵ月後、右乳房全摘出手術を受けました。

私の入院した病院は、乳腺科に乳癌のリエゾンナースという
専門看護師さんがいました。
医師と患者との橋渡しをしてくれる、特別な免許がある看護師さんです。
男性の先生に話しづらい事など、何でも相談に乗ってもらえました。
世界中どこでも看護師さんは優しいですが、関西のここの看護師さんは
輪を掛けて優しくて、明るいひまわりのような方ばかりでした。

入院患者の食事は、ホールに集まり全員で食べるため
自然と患者同士が仲良くなり、毎日にぎやかでした。

ある日、オシャレな雰囲気のおばあさんに、
何号室の男の人が、乳癌で手術を受けたと聞きました。
恥ずかしながら、男性にも乳癌がある事を知りました。

他の科の患者さんもいるし、乳癌治療中でも色々な過程の人がいました。
手術前後の人、化学療法中だけでも具合の悪い人悪くない人、、、
それでも女の人はおしゃべり好きで、人生相談会のような毎日でした。
お見舞いに来る家族の方とも一緒だったり。

母親を亡くしてから誰にも相談できなくて、胸の異変に気付いても
怖くて病院にいけなかった、
代替療法のようなものに手を出して、手術を拒んでいた、
子供にはおっぱいが見せられないとか、毎日色々な話を聞きました。

よく耳にしたのは、もっと早く検査を受けておけば良かった、
という言葉でした。
身近な心配事のために検査を受けていない人が多い事に愕然としました。
そして皆総じて若くて、自分以外の人のために生きている真っ只中の人が多い。

手術できただけええやん、と言われた時、
どうして摘出手術以上の再建なんて贅沢を選んだのだろう、
ましてや豊胸してコンプレックスともお別れしようなんて、
軽率な事を考えたのだろう、
入院生活が長くなる程、再建して大きくなった胸を見て落ち込んでいきました。

生理食塩水入りのバッグが入った右胸は、傷も痛くて皮膚が伸びて苦しくて、
でもそれ以上に、バッグが私の見栄の塊のようで、
胸に抱えているのがどんどん苦しくなっていました。
なぜか専門看護師さんにも話せませんでした。

傷の治りが遅く、入院は2週間近くになりましたが、
スタッフの方や入院仲間のお蔭で、明るく気持ち良く退院できました。
乳癌の標準治療を最高の状態で受けられて、ラッキー以上に幸せです。

入院中は毎日、腕の上げ下げ運動などをしていたので、
退院後も日常生活に大きな支障はなく元の生活に戻る事が出来ました。
さあ早くフライトに復帰するぞ、そしてピンクリボン活動もしなきゃ、
と意気込んでいたのですが、、、
胸のバッグが異物だ、フェイクだ、
こんなものを一生身体にしまっておくなんて嫌だ、
と日に日に後悔の念が強くなっていきました。

自分で望んだものだったのに、
私の残りの人生を生き易くしてくれるための再建手術だったのに、
何を今更、、、じっくりよく考えて選ばなかったからかな、
単純なのです、
じっくりよく考えたはずです、後悔するかもとも考えたはずです。

ぺったんこの胸に戻ったって構わない、
異物をなんとかしたい、と思い色々と調べ始めました。

乳癌は自分で見つける事ができます。
自己検診してみましょう。

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ちょっと涙目な私のハート?! ロンドンで買った可愛いカード
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乳房再建は必要か

Breast
04 /16 2018
2009年6月
針生検の結果、私のステージは0期の非浸潤癌と診断されました。

同じステージだと、乳房温存を選ぶ人が多い中、
私の胸は石灰化していたものが散らばっていて、
有無を言わさず乳房全摘出手術が必要でした。

極めて納得。
治療は手術のみ、右わき腹にあるしこりも
ついでに取って調べてもらう事になりました。

乳房温存は出来ないけれど、と先生に言われましたが
躊躇なく全摘をお願いしました。

ファッションがイマイチ決まらないし、
手を上に揚げるとブラがずり上がるし、
とにかく女らしくない、、、
物心ついた頃からずっと、胸の小さい事がコンプレックスでした。
胸は女の人の象徴、女の人のシンボルだ、なんて
誰が言い始めたのでしょう、、、
古代から言われていますよね、ひねくれ者です。

手術して完全に胸が無くなったら、
母親に大きなパッドでも作ってもらい、ブラに忍び込ませれば、そのままで良いや
と投げやりな気持ちでいました。
治療が手術だけで済むのなら、それで充分だと。

後にも先にもお乳を与える必要のある子供もいないし、
人様に胸を見せる事を生業としていないし、、、
胸なんて要らない、
胸なんて無くたって生きて行ける、、、

完全にふてくされています、混乱していたのかしら。

でももし、例えばフライト中に上の棚の荷物の出し入れをする時に
パッドが落ちてきてしまったりしたら、それは困るな。

同時再建も出来ると、針生検の時に聞いていました。
乳癌摘出手術時に、ティッシュエキスパンダーという
バッグ状の皮膚拡張器を胸の筋肉の下に挿入して、数ヶ月掛けて皮膚を伸ばし、
再手術でシリコン製のインプラントに交換する方法です。
比較的身体に負担の少なく、写真で見るとなかなか自然な感じです。
お値段ひゃくまんえん。

そうだ、これ以上、胸がコンプレックスになっても困るから、
同時再建して、ついでに反対の健常な胸を豊胸してもらおう。

こうでも考えないと、前向きになれない気がしました。
何だかんだ言って、針生検の結果を聞くのが怖かったのです。
どんな治療になるのか、立ち向かって行かれるのか、、、

でも結果がわかると、さあどうしよう、
どうやって早く快復しようか、と先走ったようです。

後日、やはり豊胸手術は不要と先生に伝えました。
昼間はブラをした状態で過ごすのだから、
高さがあれば何の不都合もなく、今まで通りの生活も出来ます。
これでコンプレックスから少しは解消されるかも。

治療のために仕事は休む事になります。
3か月位で復帰しよう、そんな風に考えて病欠の申請をしました。

乳癌は自分で見つけられます。
まずは自己検診してみましょう。


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お気に入りの額♪ お気に入りのカード♪

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乳癌の先輩

Breast
04 /15 2018
マンモグラフィー、超音波、触診、MRI、細胞診の検査を受け、
悪性と結果が出ました。

その帰り道、はて困ったなあ、母になんて報告をしようか、、、
結果が悪くても大して動揺しませんでしたが、こちらは難儀だ。。。

母は53歳の時に乳癌の三大治療=手術、放射線療法、化学療法を受けました。
当時はハルステッド法で、大きく胸をえぐったように乳房を摘出しました。
10年経った頃に再発し治療を受け、今も定期検診を受けています。

娘の私が胃癌の時の、母の苦しみようは言葉にできませんが、
病名に負けるなと、一番力強く支えてくれたのが母でした。
病気がひとつあるくらいの方が、気を付けようとするから健康でいられるわよ、と励まされました。

胃の手術から10年経ち、
遠く離れて暮らす娘は何とか元気に暮らしているようだと、
やっと両親も安心してくれた頃だと思います。
それなのに又もや、両親を心配させてしまう事になってしまいました。

年をとった分、心配するだろうなあ、
そう考えると気が重い、、、
でも嘘をついたり隠す事ができそうにないので、早速、電話で報告しました。

やはり母は強かった、、、
頑張りなさい、応援するから!と、シンプルでストレートな励ましの言葉。
お母さんをご覧なさい、と、病名には負けていないのですよ。
益々、闘う気になってきました。

どういう治療をするのか、
インターネットのあるこの時代ゆえ色々と調べられるとして、
これから闘病する上で自分は何を頑張っていけば良いのか、
まず考える必要がありました。

ステージ等を調べる針生検の結果がわかるまでは、治療も決まらないので、
夫と両親以外にはまだ報告せず、普通を装い!?生活していました。
入院となると仕事は休まなければなりません、
今のうちに復帰後の元気な姿をイメージして!フライトしていました。

今やるべき事は、目の前の事を大切にする事、、、
以前の病から学んだように、
普通に生活していると前向きでいられた気がします。
もちろん忙しいと、じっくり考える余裕はないのですが。
忙しくて助かったかもしれません。

時間があれば、経験者の本を読んだり、インターネットで調べたりしました。
闘うための心と身体の体力作りです。
体験談はとても参考になりますが、悪い意味に捉えて読んでしまうかも。
どうしても自分と比べてしまいがちだという事を心得て読みました。
関係する本の数の多さに驚きました、先輩が多い病気です。

乳癌は自分で見つけられます。
まず自己検診しましょう。

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庭がないので my garden ・ 「The Garden 」by Joanne Issacさん

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hinomaruko

整理収納アドバイザー1級を持つ50代の元CA客室乗務員です。
31歳で胃全摘出するも、元気でフライトしていました。
43歳で右乳癌で休職中、早期退職しました。
まだ後遺症はあるけれど、元気にたくましく生活しています。